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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)225号 判決 1982年9月30日

原告

萬世工業株式会社

被告

興栄工業株式会社

右当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和51年審判第13287号事件について昭和55年6月16日にした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、登録第1148815号実用新案(名称を「ガスライター用バーナーノズル」とし、昭和38年9月4日登録出願、昭和46年8月24日出願公告、昭和51年11月11日設定の登録がされたもの。以下、この考案を「本件考案」という。)の実用新案権者である。被告は、原告を被請求人として、昭和51年12月8日、本件考案について実用新案登録無効の審判を請求したところ、特許庁昭和51年審判第13287号事件として審理され、昭和55年6月16日本件実用新案登録を無効とする旨の審決があり、その審決の謄本は同年7月9日原告に送達された。

2  本件考案の要旨

ノズル管1の先端部に続いて耐熱鋼細線等のソレノイドコイル2を取付けたことを特徴とするガスライター用バーナーノズル。(別紙図面(1)参照)

3  本件審決の理由の要点

本件考案の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対し、本件考案の出願前日本国内において頒布された刊行物である米国特許第1,994,860号明細書(以下、「第1引用例」という。)には、ガスレンジ、温水器、一般工業用に使用されるパイロツトライトが記載されているが、このパイロツトライト(パイロツトバーナー)5は、ガスライン6に取付けられるようにニツプル7を持つており、ニツプル7は、ガスライン6からガスを導入する中央口8と縦方向のスリツト9を有し、高温に耐えられる材料によつて作られているコイル10、スリツト9の中間に形成された突起11に取付けられ、コイルは、燃焼を保持するためガスを空気と混合する横方向のスリツト12を有しており、スリツト9とともに空気と燃焼ガスの混合を一層促進するものであり、コイルは口火が吹き消される可能性をなくしたり、非常に少なくしたりする機能を有しているものである(別紙図面(2)参照)。

同じく、米国特許第2,732,698号明細書(以下、「第2引用例」という。)には、携帯用のライターが記載されており、このものは、弁バーナーユニツト組立体がケーシング上部に挿入し取付けられており、これにガス通気性炎持続部材の管状軸を嵌挿させたものであり、この部材は微細な金網よりなり、正面より見れば外方に押広がり、カーブした外端部には切れ目を有しており、そしてこの通気性部材を設けることによりガスの膨張にともない空気との混合を一層促進し、点火を容易にするとともに、噴消状態や炎の持続を向上するようにしたものである(別紙図面(3)参照)。

本件考案と第2引用例に記載されたものとを対比すると、ガスライターのバーナーノズルの先端部に器具を取付けて噴出ガスの一部を外側方へ減速流出させ空気とより混合させて点火し、ノズル附近の噴消状態や風による吹消えを防止するとともに点火焔全体を完全燃焼させるものである点で両者は一致し、本件考案が単にノズル管の先端部に続いて耐熱鋼細線等のソレノイドコイルを取付けたのに対して、第2引用例のものでは弁バーナーユニツト体(4)の先端部に非常に細かい金属製網からなるガス通気性炎持続部材の管状軸を嵌挿した点で両者は一応相違している。

しかしながら、本件考案のノズル管は明細書及び図面をみても特別の構成を有するものではなく、従来周知のガスライター用ノズル管と認められ、しかも、第1引用例のものもパイロツトバーナー用ノズルの先端部に耐熱細線からなるソレノイドコイルを取付け、噴出ガスをノズルの近くで空気との混合を増進させて炎が吹消されたりするのを防止する技術手段を施していると認められ、また、ガスライターもガスレンジのパイロツトバーナーもガス噴出ノズルからの燃焼焔を利用した点火具であり、かつ本件考案も第1引用例のものもノズル管先端部に係る技術に関するものであるから、両者は同一の技術分野に属するものと認められ、第1引用例に記載されたパイロツトバーナーノズルに施した技術手段を第2引用例記載のガスライター用バーナーユニツト体先端部のガス通気性炎持続部材に代えて用い、本件考案のように構成することは、当業者がきわめて容易に想到しうる程度のものである。

なお、たとえ本件考案が「ガスライター用」と特定していても、ガスライターそのものに係る考案ではなく、従来周知のバーナーノズル管先端部に係るものである以上、前記認定を覆すことはできない。

したがつて、本件考案は、第1引用例及び第2引用例に記載された技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものであるから、実用新案法第3条第2項の規定に違反して実用新案登録されたものであつて、同法第37条第1項第1号に該当し、その登録は無効にすべきものである。

4  本件審決の取消事由

第1引用例及び第2引用例の記載内容が審決認定のとおりであることは争わないが、審決には、次のとおり、これを違法として取消すべき事由がある。

1 審決は、本件考案と第2引用例のものとの対比において相違点を看過した。

審決は、本件考案と第2引用例のものとの対比において、「ガスライターのバーナーノズルの先端部に器具を取付けて噴出ガスの一部を外側方へ減速流出させ空気とより混合させて点火し、ノズル附近の噴消状態や風による吹消えを防止するとともに点火焔全体を完全燃焼させるものである点で両者は一致している。」とする。

しかし、第2引用例のものは、弁心棒孔10から圧力ガスが噴出し、その速度により吸気孔14、16から空気を吸込み、混合室12の内部で混合が行なわれる。そしてこの混合気体が胴26の内部を膨張しながら通過し部材22の網壁より流出するのである。これに対し、本件考案においては、右吸気孔14、16や混合室12に相当するものはなく、ノズル管1の上端から噴出するガスの一部をコイル2の間隙3から外方へ漏出させ、ここではじめて空気と混合するのである。審決はこの違いを看過している。

2(1) 審決は、「本件考案のノズル管は、明細書及び図面をみても、特別の構成を有するものではなく、従来周知のガスライター用ノズル管と認められる」としている。

しかし、公知とされている第2引用例の図面をみると、管状軸の胴26が嵌挿されている部分がノズル管に相当するが、このノズル管に相当する部分は途中に吸気孔14、16があり、この吸気孔14、16が、嵌挿された胴26とあいまつて空気を吸入するのであつて、第2引用例のものは本件考案の実施例に示されているような単なる管状のノズルではない。そして、ほかに本件考案のようなノズル管が周知という証拠はあげられていない。

(2) 第1引用例に示されているものは、ガスレンジ、温水器、一般工業用に使用されるパイロツトバーナーに関するものであり、ガスレンジの口火が風で吹消されることがないようにしたものである。そして、そのために、右パイロツトバーナーはそのノズルの先端にコイルを取付けてコイル内部でガスを燃焼させ、コイルにウインドシールドの役目をさせて、口火が風で吹消されるのを防止するようにしてある。そして、コイル内部でガスを燃焼させるためコイルの下部のスリツトから空気を取入れる構成をとつている。

しかるに審決は、第1引用例のものにつき、「ノズルの先端部に耐熱細線からなるソレノイドコイルを取付け噴出ガスをノズルの近くで空気との混合を増進させて炎が吹消されたりするのを防止する技術手段を施している」と認定している。しかし、第1引用例のものは、噴出ガスをノズルの近くで空気との混合を増進させ、これによつて炎が吹消されるのを防止しようという技術ではなく、ノズルの先端でコイルの下部に位置するスリツトから空気を取入れて、コイルの内部で燃焼させて耐風性をはかり、コイルを白熱させてパイロツトライトにしようというものである。

この点審決は、(第1引用例の)「コイルは燃焼を保持するためガスを空気と混合する横方向のスリツト12を有しており、スリツト9とともに空気と燃焼ガスの混合を一層促進する」と言つており、この認定はそれなりに正しいのであるが、その意味は第1引用例の記載(炎が吹き消されることを防ぐシールドとして作用するワイヤー製コイル」、「燃焼を保持するのに必要な量の空気をスリツトあるいは開口が取入れるので必ずしもコイルを使用する必要はない」、「コイルは更にウインドスクリーンあるいはウインドシールドとして働く」、「白熱になるコイルはパイロツトを更によく見えるようにし」等)からして、コイルの内部に空気を取入れて混合を促進し、燃焼をさせると解さなければならない。したがつて、スリツト12による空気の混合と吹消し防止とは関係がない。ところが審決は第1引用例のものが本件考案と同様ノズルの近くで空気との混合を増進させ、コイルの外側に炎が形成されることを前提として、ノズル先端に施された技術手段の認定を行なつたのであり、その点で誤つている。

(3) 審決は、「ガスライターもガスレンジのパイロツトバーナーもガス噴出ノズルからの燃焼焔を利用した点火具であり、かつ本件考案も第1引用例のものも、ノズル管先端部に係る技術に関するものであるから、両者は同一の技術分野に属するものと認められる」としている。

しかし、本件考案はガスライター用バーナーノズルに関するものであるのに対し、第1引用例のものはガスレンジ等ガス器具のパイロツトバーナーに関するものであつて、物品自体が異なることは明らかである。

ところで、ガスライターは、ノズルからガスを噴出させて混合気を生成するのとタイミングをあわせて発火石ないしは放電により火花を生じさせて着火せしめるものであり、混合ガスの生成と火花の発生とが調和していなければならない。そこで、本件考案においては、ノズルの先端にソレノイドコイルを配置して噴出するガスの主流を真上に放出するとともに、傍流のガスをコイルの間隙から流出せしめて短時間内に良好な混合気を形成する。そして、これに点火されて根元焔となり、更にコイルの上端から上の方で、主流ガスが空気と混合している部分が点火されて主焔となるものである。

これに対し、第1引用例に示されたガスレンジのパイロツトバーナーは、口火として常時一定量のガスをノズルから流出させて継続的に燃焼させているものであるから、点火の難易は問題にならず、また、時により多量のガスが流出して噴消を生じるということもなく、もつぱら風による吹消しと完全燃焼の維持が問題となる。したがつて、本件考案と第1引用例のものとは、解決すべき技術上の課題が異なるばかりでなく、その解決手段も異なるものである。

審決は、「たとえ本件考案がガスライター用と特定していても、ガスライターそのものに係る考案ではなく、従来周知のバーナーノズル管先端部に係るものである以上、前記認定を覆すことはできない」としている。

しかし、本件考案は、ガスライター特有の技術的課題を解決するための考案である。ガスライターは短かい時間しか発生しない点火火花によつて点火され、1個の長大な焔が形成されることが必要であり、しかも使用条件は使用の状況によつて一様ではない。したがつて、同じガスバーナーノズルといつても第1引用例のようなガスレンジ用の点火バーナーとは著しく異つている。本件考案が「ガスライター用バーナーノズル」と特定したことは重要な意味を有しているのであつて、審決の判断は誤りである。

(4) 審決は、また、本件考案と第2引用例のものとの作用効果の相違を看過し、その評価を誤つたものである。

すなわち、本件考案は、ノズル管の先端部に続いて耐熱鋼細線等のソレノイドコイルを取付けるという、きわめて簡単な構成によつて、ガスの一部をコイルの間隙から外側方へ減速漏出させることにより、これに点火してコイルの周りに噴消の起らない根元焔を形成させ、コイルの上端から噴出する主流ガスの周辺部にある渦流状態の空気混合ガスに根元焔により点火して主焔を生ぜしめるものである。そして、これにより焔全体を噴消及び飛越がなく長大で一連の完全燃焼焔とし、燃料の無駄がなく、ガスの臭気が残らず、主焔が風で吹消されても根元焔により再び点火するという、すぐれた効果を奏するものである。したがつて、本件考案は十分な進歩性があり、当業者がきわめて容易に想到しうるようなものではない。

第3被告の陳述

1  請求の原因1ないし3の事実は、いずれも認める。

2  同4の審決取消事由の主張は争う。審決に原告主張のような誤りはない。

1 第2引用例に審決認定の記載のあることは、原告の認めて争わないところである。

そうであれば、本件考案と第2引用例のものとの対比において、審決が、「ガスライターのバーナーノズルの先端部に器具を取付けて噴出ガスの一部を外側方へ減速流出させ空気とより混合させて点火し、ノズル附近の噴消状態や風による吹消えを防止するとともに点火焔全体を完全燃焼させるものである点で両者は一致している。」と認定したのは、右争いのない事項からの当然の帰結であり、この点に誤りはない。第2引用例のものも、予め混合室でガスと空気との混合を行なつたうえで、更に網部材22を設けて膨張したガスを網壁から外側方へ流出せしめることによつて、より一層空気との混合を促進している。

本件考案と第2引用例との相違点は、ノズル先端に取付けた器具が「金属製網からなるガス通気性炎持続部材」か「ソレノイドコイル」であるかの点のみにすぎない。

2 原告は、審決が「本件考案のノズル管は、明細書及び図面をみても特別の構成を有するものではなく、従来周知のガスライター用ノズル管と認められる」とした点を争つている。

しかしながら、本件考案は、その実用新案登録請求の範囲に記載されたとおり、単に「ノズル管」に「ソレノイドコイル」を取付けるとされているものであり、「ノズル管」が特別の構成を具備することを要件とするものではない。更に、実施例のノズル管の説明においては、「1は普通のガスライターノズルより小孔のノズル管」(甲第5号証第1欄25、26行目)とされており、従来のガスライターノズルと構造に変りはなく、単に小孔のものを用いたものであるとして説明されている。したがつて、本件考案のノズル管を「従来周知のガスライター用ノズル管」であるとした審決の認定に何の誤りも存しない。

3  原告は、審決が「第1引用例記載のものも、パイロツトバーナー用ノズルの先端部に耐熱細線からなるソレノイドコイルを取付け、噴出ガスをノズルの近くで空気との混合を増進させて炎が吹消されたりするのを防止する技術手段を施していると認められる」とした点を争つている。

しかしながら、「第1引用例記載のものも、パイロツトバーナー用ノズルの先端部に耐熱細線からなるソレノイドコイルを取付け」ているという点についてみれば、それは、原告が第1引用例に記載されていることを認めている「このパイロツトライト(パイロツトバーナー)5は、ガスライン6に取付けられるようにニツプル7を持つており、ニツプル7は、ガスライン6からガスを導入する中央口8と縦方向のスリツト9を有し、高温に耐えられる材料によつて作られているコイル10、スリツト9の中間に形成された突起11に取付けられ」ている構造と何ら異なるものではない。

また、「噴出ガスをノズルの近くで空気との混合を増進させて炎が吹消されたりするのを防止する技術手段を施している」という点についても、それは、原告が第1引用例に記載されていることを認めている「コイルは、燃焼を保持するためガスを空気と混合する横方向のスリツト12を有しており、スリツト9とともに空気と燃焼ガスの混合を一層促進するものであり、コイルは口火が吹消される可能性をなくしたり、非常に少なくしたりする機能を有しているものである」との記載と何ら異なるものではない。原告が争つている審決の前記認定は、原告が認めている第1引用例に記載されている事項からの当然の帰結である。

本件考案は、コイル外側に炎を形成することを要旨とするものではなく、噴消防止等の手段としてコイルをノズル先端に取付けてなるものであり、第1引用例において炎がコイルの外側に形成されるか否かなどということは、本件では問題とするまでもないことなのである。

なお、第1引用例にはコイルの内部においてのみ燃焼させるものであるとの記載、もしくはそのための特定の構成は一切記載されていない。一方、第1引用例は、ノズル先端部に間隙を有するコイルを取付ける構造となつているものであり、かかる間隙構造からして、炎が外部に出ないということはありえず、また炎を外に漏出せしめないとの特別の構造を採用しているものでもない。

4  原告は、審決が「ガスライターもガスレンジのパイロツトバーナーもガス噴出ノズルからの燃焼焔を利用した点火具であり、かつ本件考案も第1引用例のものもノズル管先端部に係る技術に関するものであるから、両者は同一の技術分野に属するものと認められる」とした点を争つている。

しかしながら、ガスライターもガスレンジのパイロツトバーナーもガス噴出ノズルからの燃焼焔を利用する点火具である点で何ら変りはなく、また、両者はノズル管先端部に係る技術に関するものである。両者が同一の技術分野に属するとした審決の認定に何の誤りも存しない。

「国際特許分類表」(特許庁公報52―33―2205)によつても、ガスレンジの点火装置とたばこ用ライターは同じ「F23Q」類に分類されているのであつて、このことは、第1引用例も本件考案も同一の技術分野に属することを示すものにほかならない。

本件考案はガスライター用バーナーノズルに係るものであるところ、そのバーナーノズルはガスライター用として格別の構成を有しているわけではなく、また本件考案は、ガスライターとしての着火性の難易を解決したものでもない。本件考案は、ノズル先端にコイルを取付け、「いわゆる焔が飛ぶ欠点」を改良し、「焔全体を完全燃焼させる」ようにし、風による吹消えをも防ごうとするものであつて、第1引用例と同じく、燃焼の維持を課題とするもので、その解決手段も同じであり、技術分野は何ら異なるものではない。

原告は、審決が「たとえ本件考案がガスライター用と特定していてもガスライターそのものに係る考案ではなく、従来周知のバーナーノズル管先端部に係るものである以上、前記認定を覆すことはできない」とした点を争つている。

しかしながら、本件考案が、ガスライターそのものに係る考案でないこと、従来周知のバーナーノズル管先端部に係るものであることは、そのとおりであり、審決の認定に何の誤りも存しない。本件考案はガスライター特有の技術的課題を解決したものではない。

5  原告は、審決が本件考案と第2引用例のものとの作用効果の相違を看過しその評価を誤つたと主張する。

しかしながら、第2引用例と本件考案とは、ノズル先端部に取付ける器具が、ガス通気性炎持続部材(第2引用例)か、ソレノイドコイル(本件考案)かの差異しか存しないところ、同一の技術分野に属する第1引用例には、炎の吹消え防止等のためにソレノイドコイルをバーナー用ノズルの先端部に取付ける技術手段が開示されているのであるから、第2引用例のガス通気性炎持続部材に代えてソレノイドコイルを採用し、本件考案の構成とすることは、当業者がきわめて容易に想到しうる程度のものにほかならない。審決の判断に誤りはない。

第4証拠関係

原告は、甲第1号証ないし第7号証、第8号証の1、2、第9号証ないし第14号証、第15号証の1、2、第16号証の1ないし3を提出し、乙号各証の成立を認め、被告は、乙第1号証の1、2、第2号証、第3号証を提出し、甲号各証の成立を認めた。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決取消事由の存否について判断する。

(原告主張の審決取消事由1について)

原告は、審決が本件考案と第2引用例のものとの対比において、「ガスライターのバーナーノズルの先端部に器具を取付けて噴出ガスの一部を外側方へ減速流出させ空気とより混合させて点火し、ノズル付近の噴消状態や風による吹消えを防止するとともに点火焔全体を完全燃焼させるものである点で両者は一致している。」としたのは誤りであるとし、第2引用例のものは吸気孔14、16から空気を吸込み、混合室12の内部でガスとの混合が行なわれるのに対し、本件考案においては、右吸気孔14、16や混合室12に相当するものではなく、ガスと空気の混合はノズル管1の上端に取付けたコイル2の間隙3においてはじめて行なわれるものであるのに審決はこの両者の違いを看過している旨主張する。

しかしながら、成立について争いのない甲第5号証(本件実用新案公報)によれば、本件考案の明細書の実用新案登録請求の範囲は、「ノズル管1の先端部に続いて耐熱鋼細線等のソレノイドコイル2を取付けたことを特徴とするガスライター用バーナーノズル。」というものであり、それによれば、本件考案は、ガスライター用バーナーノズルにおいてノズル管の先端部に続いて耐熱鋼細線等のソレノイドコイルが取付けてあることを要件とするのみであつて、ガスライターにおいてノズル管の先端部以外のいかなる箇所にも吸気孔がないことをもその要件とするものではないから、審決が本件考案と第2引用例との一致点を挙げるのに際し、原告主張のような両者の差異点に言及しなかつたとしても、それをもつて誤りとすることはできず、第2引用例(成立について争いのない甲第2号証)には、「空気とガスの混合体は、胴26の上端を離れると、膨張して部材22の網壁より流出してなお空気とガスの混合を促進する」(第3欄14行目ないし17行目、訳文第7頁14行目ないし17行目)、「部材22を設けることにより、点火を容易にするとともにライターの炎の持続を向上する」(第3欄29行目ないし31行目、訳文第8頁9、10行目)ことが記載されているから、第2引用例のものも、噴出ガスの一部を外側方へ減速流出させ空気とより混合させて点火させ、それにより、噴消状態や風による吹消えを防止するものであるとみることができ、審決のした本件考案と第2引用例のものとの対比における一致点の認定に誤りはない。原告の主張は理由がない。

(審決取消事由2について)

1 原告は、審決は本件考案のノズル管は従来周知のガスライター用ノズル管と認められるとしているが、その証拠はなく、公知例として挙げられている第2引用例のノズル管は本件考案の実施例に示されているような単なる管状のものではない旨主張する。

しかしながら、本件明細書(甲第5号証第1欄25、6行目参照)には「1は普通のガスライターノズルより小孔のノズル管」との記載があり、これによれば、本件明細書自身本件考案のノズル管は普通のガスライターノズル管の孔よりも小さいが構造は周知のものであることを示しており、本件考案はノズル管を普通のガスライターよりも小さくすることによつて特別の効果を得ることを目的とするものであると認めることはできず、また、実用新案登録請求の範囲においても特にその径を限定しているわけでもないから、審決が本件考案のノズル管は従来周知のガスライター用ノズル管と認められるとした点に誤りはない。第2引用例のノズル管が本件考案の実施例に示されているような単なる管状のものでないことは、審決の右認定に影響を与えるものではない。原告の主張は理由がない。

2 原告は、第1引用例のものは噴出ガスをノズルの近くで空気との混合を増進させ、これによつて炎が吹消されるのを防止しようという技術ではなく、ノズルの先端でコイルの下部に位置するスリツトから空気を取入れて、コイルの内部で燃焼させて耐風性をはかり、コイルを白熱させてパイロツトライトにしようというものであるから、審決が第1引用例のものにつき、「ノズルの先端部に耐熱細線からなるソレノイドコイルを取付け、噴出ガスをノズルの近くで空気との混合を増進させて炎が吹消されたりするのを防止する技術手段を施している」と認定したのは誤りである旨主張し、第1引用例におけるコイルは、審決認定のように、スリツト9とともに空気と燃焼ガスの混合を一層促進させるようにするものではあるけれども、その混合の促進はコイルの内部に空気が取入れられてなさるにすぎず、本件考案におけるようにコイルの外側でガスと空気との混合が行なわれ、コイルの外側に炎が形成されるのと異なる旨主張する。

そこで考えるに、本件明細書中には、本件ガスライター用バーナーノズルにおいては、ガスの「周辺流は外側方に拡がるように流れてコイル2の間隙3から外側方へ漏出し空気と混合するので、これに点火した場合コイル2の周りで燃焼して根元焔4となる。」(甲第5号証第2欄5行目ないし8行目)と記載されていることは認められるが、右のように空気との混合ガスがコイルの周りで燃焼して根元焔となることは本件考案の構成要件を成すものではないから、仮に第1引用例のものにおいてはコイルの内部に空気が取入れられてそこで空気とガスとの混合の促進がなされるものとしても、空気とガスの混合がコイルの外側で行なわれるか内側で行なわれるかの差異を本件考案と第1引用例との違いとして主張することはできないものと言わなければならない。なお、その理由を詳述すれば次のとおりである。

本件明細書(甲第5号証第1欄17行目ないし25行目参照)中には、本件考案の目的として、「従来のガスライター用バーナーノズルは孔径とガスの噴出量との関係でノズル附近の焔は噴消されその焔の上部のみ燃焼する現象が生じ、いわゆる焔が飛ぶ欠点があつた。本考案はこのような従来の欠点を除くため噴出ガスの一部をノズルの近くで外側方へ減速流出させて点火し根元焔となしてノズル附近の噴消状態を無くし点火焔全体を完全燃焼させるようにしたもの」であると記載されているが、いわゆる焔が飛ぶ欠点を持つていたのは従来のガスライター用バーナーノズルの全てではなくて、燃料室からノズル先端部に至るまでの間どこにも空気とガスを混合する機構を有しない、原告のいう「きわめて簡単な」ライター又はそのライターに取付けられたバーナーノズルの持つ欠点であつたにすぎないものと認められる。何故ならば、本件出願(昭和38年9月4日)前公知であつたと認められる第2引用例(昭和31年1月31日特許の米国特許公報)のガスライターは、燃料室からノズル先端部に至る間に吸気孔14、16を有し、そこから空気を吸込み、吸気混合室12においてガスと空気との混合が行なわれ、ノズル先端から噴出するのはその混合ガスであるから、これに点火すれば、空気不足によつてはもはや焔が飛ぶことはない筈であり(第2引用例には、「本改良ライターに固有なものとされる他の特徴によれば、ライターの炎の基部は網スクリーンの基部の真近か、すなわち、バーナー出口の真近かにあるが、従来のガス燃料ライターでは、炎の基部はバーナー出口からかなりの距離をおいている」――甲第2号証第2欄15行目ないし20行目、訳文第4頁11行目ないし16行目――として、第2引用例のライターにおいては焔が飛ぶことがない旨が示されており、吸気混合室12でガスと空気が混合させるが、ノズル先端に取付けられた部材22の箇所でなお一層空気とガスの混合が促進される旨が記載されている――第3欄14行目ないし17行目、訳文第7頁14行目ないし17行目)、したがつて、従来のガスライター用ノズルであつても、燃料室とノズル先端部との中間に空気とガスを混合する手段が設けられているライターに取付けられたものにおいては、空気不足によつては焔が飛ぶようなことはなかつたものというべきである。

右のようであるとすると、本件明細書中に、本件考案は焔が飛ぶという従来のガスライター用バーナーノズルの欠点を除くことを目的とするとの記載があるにかかわらず、本件考案の考案者が実際に考えていたのは、空気不足によつて焔が飛ぶという欠点を持つていた従来の、燃料室からノズル先端部に至る間にガスと空気とを混合する手段を有していないガスライター又はそのライターに取付けるバーナーノズルの改良であつたものと推測される。そうであれば、本件登録出願人はそのように限定されたライター又はライター用ノズルの考案について出願し、権利を得べきものであつたというべきである。しかるに、本件考案は何らそのような限定が付されていないから、例えば第2引用例のような、燃料室からノズル先端部に至る間においてガスと空気を混合する手段が設けられており、それだけで既に空気不足によつて焔が飛ぶようなおそれのないライターにおいて、そのノズルとして取付けられることをも包含することになる。そして、右のような場合においては、途中において空気、ガスの混合が行なわれ、ノズル先端附近においてはじめて混合されるのではないから、ノズル先端附近で行なわれる空気、ガスの混合は、前に行なわれた混合を補うものであるか、又はこれを促進するにすぎないものというべきである。

以上述べたところを要約すると、結局本件考案は、ノズルを使用すべきライターの種類を限定していないから、このノズルを使用することによつて、はじめてコイルの附近で空気、ガスの混合が行なわれる場合も、既に行なわれた空気、ガスの混合を補い、これを促進することになるような場合のものも、これを含んでいるもの、すなわち、本件考案は、ソレノイドコイルをノズル管の先端部に続いて取付けることによつて、補助的であろうが、主としてであろうが、ガスと空気との混合をソレノイドコイル附近、すなわちノズル先端部附近において行なわせるようなガスライター用バーナーノズルに係るものにすぎないと解釈すべきである。

ところで、第1引用例のものも、ノズルの先端部に続いてコイルが取付けられ、このコイル附近すなわちノズル先端部附近においてガスと空気の混合が行なわれる――コイルの開口12は、空気とガスを混合する手段となることが記載されている(甲第1号証第1頁右欄55行目ないし第2頁左欄1行目、訳文第5頁19、20行目)――ものであるから、コイルを取付けることによつてノズルの先端部附近でガスと空気の混合が行なわれるようになるという点で本件考案と第1引用例のものとは何ら異なるところはない。

右のとおりであるから、審決が第1引用例につき、「ノズルの先端部に耐熱細線からなるソレノイドコイルを取付け、噴出ガスをノズルの近くで空気との混合を増進させて炎が吹消されたりするのを防止する技術手段を施している」と認定したことに誤りはない(第1引用例には「燃焼を保持するのに必要な量の空気をスリツトあるいは開口9が取入れるので必ずしもコイルを使用する必要はない」と記載されていることが認められるが、その第4図にはコイル取付部によつてスリツトあるいは開口9が全く塞がれているものが示されており、この状態ではスリツトあるいは開口9はガスと空気を混合する手段としては全く機能せず、コイルが取外されてはじめて機能するものと認められるので、この場合の右「燃焼を保持するのに必要な量の空気をスリツトあるいは開口9が取入れるので必ずしもコイルを使用する必要はない」とは、コイルを取去つた場合にはじめてスリツトあるいは開口9が空気取入手段として機能することになるが、この場合でも燃焼保持に必要な空気の量はスリツトあるいは開口9が取入れるから、コイルは取外しても差支えないことを示したに止まるものと解すべきであり、コイルが取付けられた状態では、本件考案におけるノズルと同じくもつぱらコイルの隙間において、その附近で空気とガスの混合が行なわれるものと認められる。)。原告の主張は理由がない。

3  原告は、本件考案はガスライター用バーナーノズルに関するものであるのに対し、第1引用例のものはガスレンジ等ガス器具のパイロツトバーナーに関するものであつて、物品自体が異なるのに、審決が両者は同一の技術分野に属するとしたのは誤りであると主張し、ガスライターにおいては混合ガスの生成と火花の発生とが調和していなければならないが、第1引用例のものは、口火として常時一定量のガスをノズルから流出させて継続的に燃焼させているものであるから、点火の難易は問題にならず、本件考案と第1引用例のものとは、解決すべき技術上の課題が異なるばかりでなく、解決手段も異なると主張する。

しかしながら、ガスライター用バーナーノズルもパイロツトバーナー用ノズルもともにその先端からガスを噴出させて点火させる器具である点で変りはなく、両者は成立について争いのない乙第3号証(国際特許分類表)の記載を俟つまでもなく、同一の技術分野に属するものと認められるし、また、本件考案は前示のようにガスライターに関するものではなくて、ガスライター用バーナーノズルに関するものであるから、ガスライターにおける混合ガスの生成と火花の発生の調和の必要性を第1引用例のガスレンジのそれと比較しても無意味である。原告の主張は理由がない。

4  原告は、審決は本件考案と第2引用例のものとの作用効果の相違を看過し、その評価を誤つたものであると主張する。

しかしながら、本件考案と第2引用例のものとは、その構成が同じではないから、両者の作用効果に差異があるのは当然であり、審決は本件考案と第2引用例との相違点を挙げ、その相違点につき第1引用例に記載された技術手段を第2引用例の本件考案と相違する点に代えて本件考案のように構成することは、当業者がきわめて容易に想到することができたものと判断したものであり、その判断に誤りはないから、原告の主張は理由がない。

3  右のとおりであつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の請求は失当である。よつてこれを棄却し、訴訟費用は敗訴の当事者である原告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(高林克巳 杉山伸顕 八田秀夫)

<以下省略>

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